古沢太穂 資料集
資料1
「俳句の箱庭」、季語俳句
http://www.0462.ne.jp/users/hidetugu/Kigo.htm
啄木忌春田へ灯す君らの寮
資料2
Mainichi INTARACTIVE「名句歳時記」12月27日
http://www.mainichi.co.jp/life/hobby/haiku/saijiki/meiku/199812/27.html
「ロシア映画見てきて冬のにんじん太し」
以下の鑑賞の著者は不明。
「戦後、社会主義の祖国・ソ連は、改革を望む人々にとって、輝かしいユートピアでした。戦後はじめて上映された映画「シベリア物語」は、新しい意欲に溢れ、作者を感動させました。その目に、1本の太く、赤いにんじんが、生命力の象徴として映ったのです。」
資料3
鈴木伸一の空っ風俳句ランド 俳句のある日記
http://homepage2.nifty.com/karakkaze/2000_11-12th.html#11-12th
2000年11月10日(金) 曇
昨夜は遅くなってからレンタルしてきた「ストレイト・ストーリー」(デヴィッド・リンチ監督)のビデオを観たので、日記を書く時間がなくなってしまった。
まあ、それはともかく、肝心の作品の方は、眠気を忘れるほどのすぐれた出来。些細なことから仲違いしたままの兄ライルが病気で倒れたことを知った弟(と言っても73歳)のアルヴィン・ストレイトが、兄を見舞うために時速8キロのトラクターで500キロの道のりを旅するという、ニューヨーク・タイムスに載った実話を基にした物語で、その間に出合う様々な人々とのエピソードを絡めつつ、淡々と画面が展開してゆく。いわば典型的なロード・ムービーのスタイルであるが、むしろこうした文字通りのストレートな作りが、何より好ましいと感じた。
北野武の傑作「菊次郎の夏」もそうだったが、作り手がストーリーを押し付けてくる作品とは違い、個々の断片的エピソードをさらりと描いてゆくことで、かえって観る者の胸に静かな感動が長く残るということはあり得るだろう。
「運動靴と赤い金魚」(マジッド・マジディ監督)、「風が吹くまま」(アッバス・キアロスタミ監督)、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」(ヴィム・ヴェンダース監督)など、去年あたりからすぐれた作品が続けて登場し、本当にうれしいことである。
ロシヤ映画みてきて冬のにんじん太し 古沢 太穂
資料4
鈴木伸一の空っ風俳句ランド 時評・トピックス
http://homepage2.nifty.com/karakkaze/jihyo.html
二十一世紀へのアンソロジー「2000年百人一句」展
(「俳壇」2000年5月号)
去る二月十一日より、群馬県立土屋文明記念文学館において、特別展「2000年百人一句 パノラマ現代俳句」が始まった(最終日三月二十六日)。百句の選定、および図録の解説は夏石番矢氏が担当。取り上げられた作家は、すべて現存者(三月二日に古沢太穂氏、同十六日に飴山實氏が逝去された。哀悼)、その年齢幅は、能村登四郎氏(一九一一年生)から五島高資氏(一九六八年生)までの、ほぼ六十年。作家それぞれの立場も、現実主義から幻想主義、定型遵守から自由律という具合に、きわめて多様である。
展示スタイル自体は、百人の自筆色紙・短冊と、句集、および句の背景、略歴、近影のパネル、といった一見オーソドックスなものだが、実は随所に特筆すべき配慮がなされている。とりわけ、単なる百句選ではなく、「時間」「地霊」「こころ」「性」など二十のテーマに基づく選句であること、また、百句すべてに英訳を付したことなど、いずれも夏石氏のすぐれた見識を物語るものであろう。即ち、テーマによる選句は独善や偏重を拒む相対的な思考に基づき、ゆえに公正、かつ客観的である。英訳もまた、俳句の国際化に関わる今日的状況から見て、当然なされるべき配慮と言ってよい。むしろこれまで、それらが殆どなされてこなかったことのほうが不可解であり、俳句というムラ社会の強固な閉鎖性が、いまさらのように思われるのである。
翻って、主催者が夏石氏に選者を委嘱した最大の理由は、こうした“俳句は日本固有のもの”という鎖国的な固定観念からの解放にあったであろう。ここに、回顧的内容を中心としてきた従来の文学展と異なる、「未来指向型文学展」の意義を見る。
資料5
橋本大二郎高知県知事の提案した非核港湾条例の制定と高知の願いを支持する
3月20日現在非核港湾条例制定賛同者は以下のとうりです。6月議会向けて運動は続けられています。非核港湾条例の制定に賛同する人はご連絡下さい。
http://ha1.seikyou.ne.jp/home/Shigeo.Nishimori/list.htm
古沢太穂 現代俳句協会顧問「”非核三原則”の具体化のために全国の先頭に立たれていることに敬意と心からの賛同を表します」
*関田英里(高知大学名誉教授)、野崎英明(高知市町内会連合会副会長)、山下道子(弁護士)、西森茂夫(平和資料館・草の家館長)の呼びかけによって、全国からよせられた賛同者は以上(578名)のとうりです。1999.4.10現在
資料6
「詩人 白鳥省吾を研究する会」15号、平成13年1月号
「古沢太穂」の記述がある。『民衆』創刊号の引用であるが、この『民衆』創刊号は大正7年(1917)年であるから、古沢太穂は5歳。いかにわれらが古沢太穂でも、これは誤りであろう。あるいは古沢太穂という同姓同名の別人が存在したのだろうか。(松田ひろむ)
http://ww5.et.tiki.ne.jp/~y-sato/kaiho15.htm
同誌同章「民衆の観念」において、先に挙げた「民衆詩派の功罪・第一章時代的背景と『民衆』」の中で紹介していた、「宣言文」を<たとえば『民衆』の創刊号に、これは古沢太穂が書いた宣言文だと思うんですが、こんなことを書いているんですね。「われらは郷土から生まれる。われらは大地から生まれる。われらは民衆の一人である。世界の民である。日本の民である。われ自らである。われらは自由に創造し。自由に評論し。真に戦ふものだ。うんぬん」。>と分銅惇作は書いている。
資料7
俳句工房ねずみのこまくら(高澤良一) 「鎌倉現代俳句」
http://www.asahi-net.or.jp/~ec6y-tksw/kyoudohaiku/kamakuragendaihaiku.htm
鎌倉3
瑞泉寺
囀りのあるひは雲にとゞきけ 久保田 万太郎
梅林や茶店の主まだ来ずに 永井 東門居
梅園や紅白支垂れ且つ撥ねて 石塚 友二
梅かたし脚を優雅に尾長鶏 古沢 太穂
新緑の瑞泉寺とやいざ行かん 高浜 虚子
谷戸に咲く乱れ桔梗の艸心忌 石原 八束
三汀の墓は質素や水仙花 高浜 虚子
早梅のきびしく心触れしめず 吉屋 信子
三度来て水仙咲きぬ瑞泉寺 松本 たかし
水仙の青深き葉の花かこむ 細見 綾子
冬日入れ夢窓国師の座禅窟 鷹羽 狩行
涼しさにまします夢窓国師かな 吉田 冬葉
一渓を敷き埋めたる諸葛菜 山崎 芳堂
白梅の盛りの枝の飛沫くごと 西村 和子
瞑目の独りに梅の香を賜ふ 平野 千恵
老紅梅能う限りの花付けて 高澤
良一
黄門のお手植ときく冬桜 近藤 静輔
鎌倉の空の淡さや冬桜 堀 古蝶
ちらと咲きほらと莟める冬ざくら 蛯子 雷児
わけもなし源氏贔屓や冬ざくら 遠藤 信子
冬ざくら花の漂着せるごとく 高澤
良一
ごはんつぶほどのあかるさ冬ざくら 同
しづれ雪どどと落つ音寺しじま 田中 一草
資料8
兜太ワールド 東国抄 金子兜太
http://www.asahi-net.or.jp/~gj5h-endu/touko.htm
2000.8.9 146号
島津亮死去
椅子に居て若き日の鷹他界せり
古澤太穂死去
貫くとは叙情澄むこと太穂亡し
田淵岩夫死去
読書家の大きな躯雪の家
毛物たち俺の朝寝を知っている
春の河原に人間黙(もく)と原始なり
春あけぼの川舟に隕石が堕ちる
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