鴎座 2001年9月          鴎座俳句会へ

鴎座作品       
腹筋運動の九回目にて蚊の行方           小平  湖
なれなれしい蜥蜴と住んで街交番
やわらかき手首よたんと梅を干す
梅干すと携帯メール覚えたて
あたい価なき空・水・夏の風たっぷり           柳田 芽衣
おもかじ面舵の模型船団あめんぼう
眠たくて子亀の鼻腔見ていたり
蝙蝠やもう走り出す鬼の役
たとえれば茎太きひと向日葵へ           増田 萌子
雀来て一緒に食べてすぐりの実
待ちぼうけもう月見草咲いたのね
遺伝子を組み替えていません冷奴
黒葡萄ことばにならぬ大きな目           真木 麻子
あめんぼう水は固いか淋しいか
どさり届く青紫蘇・オクラ老教師
ヒロシマ忌波にボートの数珠つなぎ
酷暑続きのあした朝スメタナ三重奏          倉本  岬
行人坂両手にトマト抱くほどに
クレマチスの空があるから歩こうよ
白髪染めしおんなと時間半夏生
会いに来て梅雨の明けたる上野駅          松浦  釉
巫女舞の舞台の裏は鮎の川
ぽろぽろと本音をこぼす麦こがし
鰻食ぶいろは太字の下足札
嘘言えぬさが性はゼリーの透明に   石口りんご
丈揃うおけさ流しの涼しさに
下の世話にならぬまじない道おしえ
三浦家はみな一本気薄雪草
停止位置へ電車を戻す終戦日   古川 塔子
鉄道草声変わりして休み癖
おさな児の福耳に透く大西日
海ほおずき乳歯抜けたと走り来る
柔らかく髪洗う子の下駄揃え   田辺  花
浜豌豆風の騒ぎに握られず
袖孕む風の動きに盆踊り
腰高のマネキン人形夏終る
全開の浮葉弁天堂浮かべ     杉浦 一枝
いちじくの葉脈通る感情線
七夕のみくじせんべい割ってみる
夏痩せの鴨なんどでも顔洗う
花時計止まっておりぬ炎暑かな  堀越 鈴子
村おこす奄美すももの酸っぱさは
「癌マーカー上がってますよ」医師涼しげ
山恋うる白さ紫蘭の咲く朝は
横網町横網といい炎天下     斎田 史子
炎昼や「毒」のタンクローリー来る 
蝉鳴く木鳴かぬ木の間をふーっと風
先生のベンチにとんぼがすいーと来て 
白夜かなパーサーと見る世界地図  鷲田  環
蓮の葉巻き上げ巻き上げ鳥になる
ママチャリの風はコクリコ吾もコクリコ
ふるさとは文京区です雲の峰
シャガールの飛ぶ恋人や釣船草  柴 さわ子
白萩やまだまだ遠い夢の続き
奈良へ二里京へは三里鳥渡る
不似合いな服もらいけり菊供養
みちのくの真夏の夜の三の糸   白石みずき
ちひろかもお花畑のお下げ髪
ときめきは遠くよりくる山開き
暗きニュースありは日向をいそぎけり
空よりも地べたが好きで雀の子  関 千恵子
一枝に作業衣かかる夏木立
梅雨の夜のあざやか暖簾おんな風呂
富士見ゆる海水浴の日を浴びて
干し梅の縄文人の顔それぞれ    石口  栄
「私は街の子」しのばず不忍池の青蛙
落し文赤い自転車に拾われし
鬼灯や女は熟れて爪を研ぐ
冷え冷えの私の名入り化粧水   小高 沙羅
米びつの二合の暑さてのひらに
左手は胃の上に置く冷房車
水色のすだれエステの大看板
蛇苺女の嘘も序曲より      小川 侑子
滝落ちて身よりピアスのとどろけり
向日葵に傷つく空の横田基地
桃むきし他愛ないこと真顔かな
ちえの輪のくんず解れつ葛の原   宮澤 知子
「智恵子抄」ほんとの空にうろこ雲 
十和田湖の虹そのままでそのままで
とんぼの目上向き横向き吾を見し
涼風を刻む音して花鋏      中野 由美
蚊帳吊草裂きあいあなた遠すぎる
炎天を打ち若きらのロックソーラン
でんでん太鼓ぱらぱら凉し茶髪ママ
山牛蒡育ち過ぎたる恐ろしさ   田原 知子
夏つばめ生き蛸一枚ぶらさげて
ウエットスーツ干されし色の磯鵯
夏暖簾百円ショップの中国紙
炎天や西郷さんは草履はく    伊藤 俊子
パイプオルガン響むホールや半夏生
救急の小児科の混み熱帯夜
花苗はどれも横文字風みどり
嬰児のまなざし宙に夕涼み     松村  朋
浜昼顔真顔の犬が付き纏う
夕菅や風伴ひて母帰る
大小の足裏が六つ六尺寝
夏木立真四角に切る絹豆腐    木谷はるか
葱刻む選挙速報片耳に
ケーブルカーの登りきったる夏鴬
相愛の鶴の襖絵自刃の間
黒つぐみ教会守の鍵馴れず     澤柳たか子
岩山の古城のダンス麦の秋
惚け話に相槌を打つ茄子の花
炎昼や水皺ませて鯉のひれ
極暑なり腹式呼吸入念に      大村 恭子
蚕豆の彩のぬれたる猫の位置
眼帯の美しき眉メロン切る
うすもの羅や老妓の頬の泣きぼくろ
  榊莫山展にて
月か宇宙か和紙を自在に莫山流  井戸 美子
眼内レンズ光るよと友ところてん
勘違いして百日紅花ざかり
青ざくろみくじを結ぶ鬼子母神   竹内志摩子
昼休みさえずりばかり聞こえおり
月明かり橋を渡れば田の蛙
厚底の靴並びおり捩り花      金子 和江
十薬の白ちりばめしアプローチ
鴬の声して朝の水仕事
裸婦の画を観て炎天の裸婦の像   旭 じゅん
普羅の忌や鰯づくしの浜料理
稲架立って自家用米の専用に
朝顔の初花目薬差してより     川村としえ
スポンジ枕投げて弾むや半夏生
郭公の鳴く嘴をアンテナに
十薬の画手紙届き退院す     久保井ヨネ子
紫陽花や老人ばかりの昼の町
てのひらの螢を返す谷戸の道
北斗星呼ぶ老人はふるさとの    湯浅よしみ
ゴミ置場走る黒蟻太りつつ
土手登る弁慶草のはげましに
夏雲の割れ目覗くと青の井戸    中野 芳郎
緑陰へ乳房のリズム濡れて来る
夏萩や細き影ゆく東慶寺
七夕や空いきいきと子の願ひ    金子 森男
揚がるとき音を力に大花火
草刈って罪つぐなひし思ひかな
ひとり居の涙もろくて豆の飯    谷口 久枝
花ざくろみくじ鈴なり鬼子母神
鬼子母神まで朝顔横目押されけり
女一人いろいろありて夾竹桃    芝原 郁郎
見廻りの看護婦がいておじぎ草
かれこれのことは言はねど百合の花
「太穂研究」懐紙の上の桜餠    原田多磨子
山開き七分登って山知らず
悠々と野良猫通る葱坊主
冴ゆるかなゆっくりと踏む石畳   村田紀久子
ぼうたんの花びら溶ける百日忌
朝焼のビルの峰峰いってらっしゃい
盆飾りままごと思う膳つくり    森田 泰子
のどごしの涼しさを呼ぶ一突きに
カラオケで声高くして暑気払い
青梅の肌のビロード氷砂糖     山下レイ子
剪定の得意げの声さつき展
亡き娘似の自転車主婦の夏帽子
風のまま本屋北の丸ねじり花   池永 英子
虫を打つわずかな痛み半夏生
蜂須賀の殿の藍色湖の夏
家中を拭き掃除して暑気払い   小原 良子
落し文尋ねしひとは留守らしき
襖みなはずせし部屋のかくれんぼ
紫陽花に野の猫の墓守らるる   北田はれ子
梅雨晴間野猫の墓を尋ねけり
炎天や蜻蛉の屍葬りぬ
梅干を並び変えたる笊の色    田崎十三子
午前四時眠れぬ夜の凌霄花
午後五時の事務所の金魚ゆうらゆら 白石 菊代
竿先のしなう限界岩魚釣り
銀座の灯恋しと行きし薄暑かな   大勝すみ子
詩ごころ運河にのせて夏の蝶
  大野美千代さんに
いつの日か写真に残る声のして  三宅 優子
逝きしひと写真見るたび涙して
幼児のあのねと二匹金魚売     岩田きみ江
横通り口上ちんどん土用の日
髪染めて打水する手軽やかに   鈴木二三江
じゅんさいを摘む手日差しのやわらかく
星祭名前決まりし赤子見に    野中 秀子
螢飛ぶ闇の奥まで掴みけり
著莪の花杉本寺の石畳      小林みつ子
夕凪や膝を崩して香を聞く
ひとり居の夕餉に軽く冷奴    矢部 清美
まどろみて目覚めし窓の大西日
わが街に人工螢ありにけり    豊田 克巳
銀漢の猛暑続きに涸れにけり
鴎座とともに 松田ひろむ
腹筋運動の九回目にて蚊の行方 小平  湖
 
日常を書く、日常で書くという点で、湖さんの姿勢は鮮明だ。この句も、熟年というか贅肉が気になる世代のなにげない暮しをかいているのだが、「蚊の行方」で、やや滑稽味も帯び、またちょっぴり哀しくもあるという雰囲気が軽妙に表現された。そんな彼女の周辺が「なれなれしい蜥蜴と住んで街交番」のように、交番でさえ彼女の日常の範囲となっているようだ。
「梅干すと携帯メール覚えたて」は、まさに現代的な携帯電話のメールなのだが、それが「梅干す」と打って、これも俳句の滑稽さ。
ちなみに日本語について「メール」とは郵便のことだったはずだが、この数年ですっかり電子メールや、携帯電話のメールの事になってしまった。これからもどのように日本語が変わってゆくのか、俳人もいやおうなしに時代を生きているのだ。

價なき空・水・夏の風たっぷり  柳田 芽衣

夏の讃歌というべきだろうか。空も水も風もおおらかに、受け止めて気持ちのよい一句。
「面舵の模型船団あめんぼう」は子供の遊びだろうが、これも「面舵」で姿が鮮やかとなった。
日常を明るく肯定的に謳いあげることも、ある意味では難しいことだが、それも日常をしっかりと見つめているからだろう。「蝙蝠やもう走り出す鬼の役」も楽しい。

たとえれば茎太きひと向日葵へ 増田 萌子

どのような人なのか。「茎太いひと」とあるだ
けに、会ってみたい気もする。
すぐに虚子の「たとふれば独楽のはじける如くなり」が思い起こされる。これは昭和十二年二月、碧悟桐の死を悼んだ弔句、虚子と並び証された二人の個性の弾きあうさまを喧嘩独楽に託している。この「独楽のはじける」は優れた形象だが、茎太き人も、しっかりとした形象となっている。
「雀来て一緒に食べてすぐりの実」も、雀と自己が同化した楽しい作品。

黒葡萄ことばにならぬ大きな目 真木 麻子

黒葡萄を食べているのか、黒葡萄のような瞳なのか。ここは「ことばにならぬ」とあるから、じっと黒葡萄のような眼で見詰めていると取りたい。そうした面では、省略が働いているため、イメージはさまざまに広がる。「あめんぼう水は固いか淋しいか」になると、「水は固いか」という把握が素直に伝わってくる。二句とも、いいたいことがいえないもどかしさ、悲しさの形象であろう。

酷暑続きの朝スメタナ三重奏  倉本  岬

今年の暑さは、身にこたえるものがあった。そんな朝にスメタナの三重奏はこころよく、また一日を励ましてもくれる。スメタナは、チェコ国民音楽の生みの親。オーストリアの支配下にあったチェコで、音楽を通し独立と民族復興運動に情熱を注いだといわれている。ボヘミアの民族音楽に根ざした六つの交響詩からなる『わが祖国』は代表作。そのなかの「モルダウの流れ」はよく知られている。ここでは三重奏とあるから、「ピアノ三重奏曲ト短調・作品一五番」だろうか。三重奏はピアノとチェロ、バイオリン。
「行人坂両手にトマト抱くほどに」も、スメタナ同様、固有名詞の使い方が巧み。急坂をトマトを抱きながら行く不安感だろう。
行人坂は目黒川にかかる太鼓橋から目黒雅叙園の脇を通り目黒駅に至る傾斜の急な坂。名の由来は、湯殿山の行者が大日如来堂(現在の大円寺)を建てたことによる。明和九年の行人坂火事の発端地。大円寺には明和の大火の死者を弔うための五百羅漢がある。  

会いに来て梅雨の明けたる上野駅 松浦 釉

上野駅にだれかを出迎えたのだろうか。それと梅雨が明けたこととは無関係なのだが、それを取り合わせて軽妙な一句となった。「巫女舞の舞台の裏は鮎の川」も取り合わせの巧さ。「ぽろぽろと本音をこぼす麦こがし」は楽しい句だが、やや俗に流れる。

嘘言えぬ性はゼリーの透明に  石口りんご

「嘘言えぬ性」と書いても嫌みにならないところが、人柄だろう。デザートの透明なゼリーが、明るく響きあっている。ちなみに新しい俳号「りんご」は故郷津軽にちなんでいるとのこと。
 「三浦家はみな一本気薄雪草」も、自己に素直な句。三浦家は実家とのこと、どこまでも彼女は真っ正直なのだ。

停止位置へ電車を戻す終戦日  古川 塔子

われわれの世代にとって八月十五日の敗戦の日、それぞれに思いが深い。この句は「停車位置に―戻す」という具象が、さまざまなイメージを掻きたてる。おそらくは「靖国」、歴史教科書も含め「戻す」動きは気になるところなのだが、この句は必ずしもそうした深刻なことではないかもしれない。ただ生活の中に終戦忌をしっかりと見据えているのだ。「鉄道草声変わりして休み癖」も現代の青年を見詰めて深い。

浜豌豆風の騒ぎに握られず   田辺  花

浜辺の風のなかで、浜豌豆を見つけたのでしょう。束縛されない「ハマエンドウ」の姿を「握られず」と把握して、しっかりした一句となった。「柔らかく髪洗う子の下駄揃え」も豊かな情感があって好ましかった。

全開の浮葉弁天堂浮かべ    杉浦 一枝

上野の不忍池あたりの景だろうが、「浮葉が」弁天堂を浮けべているという把握はしっかりした写生。「いちじくの葉脈通る感情線」は一転して「感情線」と主情を打ち出しているのだが、これも「いちじくの葉」の姿に沿っているだけに強いのだ。

「癌マーカー上がってますよ」医師涼しげ
堀越 鈴子
「癌マーカー」という新しい言葉が出てきた。「癌マーカー」といっても、いろいろな癌にいろいろな「マーカー」があるようだ。「上がっています」といわれたときはどんな感じなのだろうか。この句は話し言葉をいかして、深刻なことをさらりと一句にした。「涼しげ」が効いていることはいうまでもない。なお原句の下五は「涼しげに」だったが、「に」は省略して味わい深くなると考えた。
「村おこす奄美すももの酸っぱさは」も「酸っぱさ」が効いている。いずれも五感の働いている佳句。
この他、心に残った次の佳句にも触れたかった。

蝉鳴く木鳴かぬ木の間をふーっと風 斎田 史子
蓮の葉巻き上げ巻き上げ鳥になる 鷲田  環
シャガールの飛ぶ恋人や釣船草  柴 さわ子
ときめきは遠くよりくる山開き  白石みずき
空よりも地べただ好きで雀の子  関 千恵子
干し梅の縄文人の顔それぞれ    石口  栄
米びつの二合の暑さてのひらに  小高 沙羅
十和田湖の虹そのままでそのままで宮澤 知子
向日葵に傷つく空の横田基地   小川 侑子
蚊帳吊草裂きあいあなた遠すぎる 中野 由美
ウエットスーツ干されし色の磯鵯 田原 知子
炎天や西郷さんは草履はく    伊藤 俊子
浜昼顔真顔の犬が付き纏う    松村  朋
黒つぐみ教会守の鍵馴れず     澤柳たか子
月か宇宙か和紙を自在に莫山流  井戸 美子
青ざくろみくじを結ぶ鬼子母神   竹内志摩子
厚底の靴並びおり捩り花      金子 和江
朝顔の初花目薬差してより     川村としえ
「太穂研究」懐紙の上の桜餠    原田多磨子
ぼうたんの花びら溶ける百日忌  村田紀久子
蜂須賀の殿の藍色湖の夏     池永 英子
梅干を並び変えたる笊の色    田崎十三子